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パラオ諸島ペリリュー島守備隊長 中川州男大佐の霊言 [仏法真理(霊言-政治、軍事)]

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隠された“日米最強決戦”の真実

戦後70年のいま―――
すべての日本人に知ってほしい。
祖国とアジアの同朋への愛のために、私たちが命をかけて戦ったことを。

誇り高き日本軍の実像!
▽本年4月、天皇皇后両陛下がパラオへ慰霊のご訪問――
 アメリカが隠し続けた「ペリリュー島の戦い」とは?
▽欧米列強の植民地支配からアジアの同朋を解放したい!
 大東亜戦争の歴史の真実と「神の正義」を多角的に検証する。

■■ 中川州男の人物紹介 ■■
1898~1944年。軍人。最終階級は大日本帝国陸軍中将(死後に二階級特進)。熊本県出身。陸軍士官学校卒業後、陸軍歩兵少尉に任官。歩兵連隊大隊長等を歴任後、陸軍大学校専科に学び、のち陸軍大佐へと昇進。歩兵第二連隊長となる。同所属の第十四師団がパラオ諸島に配置され、ペリリュー島守備隊長に就任。全島を要塞化し、同島への上陸を企てた米軍の戦力を削ぐ徹底抗戦を二カ月半にわたって継続し、大打撃を与えた。

まえがき
1 米軍最強の海兵師団を“全滅”させた名将・中川大佐を招霊する
2 中川大佐が語るペリリュー戦の真実
3 日本軍の「持久戦」にはどのような意義があったのか
4 先の大戦は日本による「侵略戦」か「植民地解放戦」か
5 中川大佐が反論する「南京大虐殺と従軍慰安婦」の噓
6 中川大佐なら今の日本を中国からどう護るか
7 もう一段、日本人としての誇りを取り戻してほしい
8 中川大佐は今、どこにいるのか
9 唯物主義から脱却する「回天の偉業」を成せ
10 中川大佐の霊言で国論に影響が出ることを祈る
あとがき

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ペリリュー島は、1944年、日米の最強軍が激突した地です。
はっきり言って、自分もそれ程知っていたわけではありません。
そもそも場所がどこかわからんかった。

キャプチャ.jpg
↑印がついたとこあたりです。

もともとアメリカ軍も、甘く見ていて、3日とか、場合によっては半日で上陸作戦が終了するだろうと思っていたところ、最初に上陸した海兵隊第一師団は、ほぼ壊滅状態。
最終的に、日本の守備隊は1万人全滅。
アメリカ軍もほぼ同数の死傷者と、数千名の精神異常者を出したという。

もともとペリリュー島の属するパラオは第一次世界大戦後に国際連盟による日本の委任統治領となっていたため、日本軍が軍事で占領した地ではありませんので、本当に正当な防衛戦になります。

霊言の中川州男大佐は、もともと満州にいて、1944年6月、パラオへ。
そして、9月からの激戦となる。
最後の場面も、諸説あるようですが、本人がどうであったか語られています。
今は天上界に上がられて、その後の日本の歩みと、まだ現地で成仏していない人の救済をやられているようです。(成仏して既に生まれ変わっている方も同じくらいいるようです)
立派な方です。

是非、内容については、全日本人の方に知っていただきたいですね。
第二次世界大戦は、本当に日本の侵略であったのかどうか?
アメリカ側の連合軍は正義の軍隊で、日本軍は極悪非道な人権を無視した軍隊であったのかどうか?
欧米の植民地政策と、日本の朝鮮、台湾などの統治政策は同じであったのか? どちらが現地の人を幸福にしていたのか?
そして、今後の日本のあり方、中国の意図。

マアホント、戦後70年。
ここいらである程度公平な立場に立って、先の大戦を振り返りましょう。

まず、是非、この霊言を読むなり、見るなりしてもらいたいと思います。
日本軍の一人である中川州男大佐が、どういった気持ちで戦っていたのか?
そして今、どういった気持ちでいるのか?
それを知っていただきたい。

---------------
憎しみでは戦えない。憎しみだけでは戦えないねえ。
やっぱり、「われわれが一日持ち堪えることが、祖国への攻撃を一日遅らせることになるんだ。われわれが死ぬ代わりに、祖国の人たちが何千、何万と死ぬのを食い止めているんだ」という気持ちはあったね。
p67



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